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【広重の生い立ち】

安藤広重は寛政9年(1797)江戸八重州河岸に、武士の第3子として生まれました。
年少で両親を亡くし家督を相続。火消同人職につきます。
15歳で歌川豊広に入門、浮世絵を学び始めます。
27歳の時に火消同人を引退し、浮世絵師として独立。
はじめは役者絵・武者絵などをかいたが、のちに葛飾北斎の影響を受けて風景画に転向。

36歳の夏に、徳川幕府が朝廷へ駿馬を献上する年中行事である「八朔御馬献上」の行列に参加。
翌年、このときの写生と印象をもとに浮世絵風景版画として描いたのが「東海道五拾三次」です。
このときの版元が保永堂というところだったのでシリーズは保永堂版と称されています。

広重はその後も次々と東海道シリーズを発表しましたが、保永堂版を超える作品はできなかったといわれています。

他に、「木曾街道六十九次」、「近江八景」、「名所江戸百景」など、諸国名所絵、江戸名所絵など多くの名作を残しました。
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安藤広重の版画制作工程
安藤広重 版画  
【「東海道五拾三次」について 】

「東海道五拾三次」の55枚の浮世絵には、春夏秋冬の季節感や時刻(戸塚宿の夕暮れ)、雨(大磯宿の雨)や霧や風など自然の変化が巧みに表現されています。

広重が「東海道五拾三次」を描いたのは、幕府の年中行事「八朔御馬献上」に参加したことが大きなきっかけとなりましたが、東海道を往復したのは夏ごろですから、東海道の四季をすべて写生できたはずはありませんし、時刻や自然の変化も必ずしも絵のようなタイミングではなかったでしょう。

ということは、季節感や情緒あふれる風物は、広重が日本人の感受性にもとづいて創造したと考えられ、そのことを踏まえて鑑賞すると、改めて広重の感受性とその表現力に心を打たれるでしょう。

外人著書の本に、「恐らく」神々は日本の古き東海道の有様を、それが消滅しない前に、絵として後世に伝えようとして彼「広重に託したのだ。」とあるほどです。


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